こんにちは音楽プロデューサーのNAOKI-Tです。

久しぶりにET-KINGと僕とで曲を作りました。
作り始めた時と今とでは色んな事が変わりました。
いときんはもういません。

伝えたい事は全て音楽、言葉に閉じ込め、忍ばせてあるけど
いときんと二人で話したことは語り手を失うと誰にも伝わらなくなるし
このアルバムがどうやって出来たのかを皆に知ってもらいたいから
少し書いてみることにします。

出会いはET-KINGメジャーデビューの2006年。

そこから2010年までの4年間、僕らは楽しくも濃密な時間を音楽、楽曲を作る事で過ごしました。
ET-KINGの活動は2010年以降も続くけどET-KINGと僕との音楽の思い出は一旦そこで終わります。

お互い新たな景色を見るための前向きな別れ。

色々な経験をしてまたいつか集まれればいいな。と思ってそれぞれの道へ。

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「また一緒に作りませんか?」と再会の連絡をもらったのは、偶然だけど出会ってから10年後の2016年。
理由はすぐ分かりました。
2016年に出した「ideologie」というアルバムがとても良かったから。
自分たちの”こだわり”を形にし、自信をたずさえた彼らの次にやりたい事がまた僕と一緒に作る事だと聞いた時、とても嬉しく思いました。

メンバーは僕と一緒に作ってきた曲が好きだと言ってくれました。嬉しかったな。(テンも言ってくれてたらしい )
「ideologie」や「just chillin」に対して「良いアルバム作ったね」と言ったら、とても喜んでたな。
いときんは「NAOKIさんのTrackに俺のビート(ドラム)乗っけてみたいんですよ」と言ってた。

バカな話が多いけどいろんなこと話しました。
あれから見てきた景色、感じてきた事、生きてきて思った想いを時には悩みながらも会話するように
東京と大阪を行き来しながら曲を作っていきました。
そうやって出来たのが「LIFE」です。

”みんな親になったんだ〜”と子への想い、繰り返し季節を共にしていける喜びを歌った「こっちこい」
あまりの確信を突いた言葉の完成度に思わずいときんに”研ぎ澄まされ過ぎじゃない?体大丈夫?笑”と心配した「なんかいいね」(この時は病気発覚前)
僕の知らない間に「OSAKA ROOTS」という新しい仲間を得ていたET-KINGが当時僕と一緒に作った「新恋愛」を演奏したり
(歌詞カード裏の写真はレコーディング終わりの記念の1枚)
僕が作ったデモTrackにいときんのビートを乗せた「春の雨」
そして最後の「メッセージ」まで. . .

 声を持った6曲と声を持たないインタールード(inst曲)1曲を加えて7曲にしました。
(各曲の思い出を語り出すと長くなっちゃうからあとは聞いて下さい!)

改めてアルバムを見てみると、彼らが生きてきて感じてきたものがぎゅっと凝縮されているんだなと感じます。
生きてるからこそ人生いろいろ、7曲全て色合いは違うけど、どれもポジティブな表現になっていた事に気がついた時は
プロデューサーとして誇りに思いました。

「LIFE」というタイトルがピッタリなアルバムになったな〜。
いときんが制作にフルで向き合ったものとしては最後になってしまったアルバムだけど、きっと満足のいくアルバムになったと思います。

そして僕からのお願い。
ET-KINGはこれからも活動します。
悲しすぎる別れを経験して、どう歌っていくのか?生きていくのか?
ステージや楽曲を通して見ていって下さい。
きっとカッコ良いことは少なめだけど. . . 人間らしくて勇気をもらえる。そこは期待できると思います。

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少し. . .と思っていたのに少しだけでもこんなに長くなっちゃった(汗)
長々とありがとうございました。

2018.4.25
NAOKI-T